index 2006index 9月号目次 9月号目次

ニュースダイジェスト
フィリップ・シューウィ,ベン・スタイン,ダヴィーデ・カステルヴェッキ(田島俊之 訳)
負の電気抵抗の徴候 / 火星での音の伝わり方 / 絶滅の同期 / 弦理論はダークエネルギーを説明できるのか?/ 放射性サソリ毒療法を安全に / 暖かくて高密度の金 / 電子を深く探る
●負の電気抵抗の徴候
2つの異なる振動数のマイクロ波を2次元的な電子気体に照射する新しい実験で,負の電気抵抗の徴候が見いだされた。2つの半導体結晶の界面を動く電子には,前方向(縦)の電場と,平面に垂直な向きの弱い磁場がかかっている。このような条件では,電子は閉じた環状の軌跡を描き,さらにそれは印加されている電圧の大きさに依存して前方へとずれていく。近年2つの実験グループが,これにさらに電子にマイクロ波を照射したときに,マイクロ波振動数と印加磁場強度の間の関係に依存して全体的な縦方向の抵抗が――たとえば1桁も大きくなったり,ゼロにまで下がってゼロ抵抗状態を形成するといったように――大幅に変化することを観測した(背景についてはPhysics Today 2003年4月号参照)。ある理論家たちは,このようなゼロ抵抗状態では,抵抗は実際にはゼロよりも小さくなっているかもしれないと提案している。渦を巻くようにして進む電子は,印加した電圧に対して逆方向へ移動しているかもしれないというのである。しかし,この後ろ向きの運動は,電流が不安定なため観察するのがむずかしい――電流の分布が不均一になり,電圧の落ち込みが消えてしまうのだ。ユタ大学‐ミネソタ大学‐ライス大学‐ベル研究所グループはこれまでに,2つの振動数のマイクロ波を使う工夫を凝らした実験で,この仮説を検証してきた。ズドフ(Michael Zudov,現ミネソタ大学,zudov@physics.umn.edu)とドゥ(Rui-Rui Du,現ライス大学)は2つの異なる振動数のマイクロ波を電子に照射し,抵抗がゼロでない状態のときには観測される抵抗が,2つの振動数のマイクロ波を別々に照射したときに観測される値を平均した値となっていることを見いだした。一方,ゼロ抵抗となる振動数を含む範囲で測定を行うと,研究者たちは信号が劇的に小さくなることを観測した。非ゼロ測定のときに平均値の抵抗が観測されたことから判断すると,真の微視的な抵抗は実際にはゼロよりも小さくなっているのではないかと彼らは推論した。いいかえれば,観測されたゼロ抵抗は,実際には不安定な負抵抗状態になっているのを覆い隠しているのだということである。(Zudov et al., Physical Review Letters, 2006年6月16日号)

●火星での音の伝わり方
私たちのとなりの惑星における音の伝播についての新しいコンピューターシミュレーションによると,地球上では芝刈り機の音は10 km近くも先まで伝わるのに対し,火星の上では60 mより遠くでは誰にも聞こえなくなってしまうらしい。一般に,火星では音はどのように聞こえるのだろうか? 6月にプロヴィデンス(ロードアイランド州)で開催された米国音響学会で,ペンシルバニア州立大学のハンフォード(Amanda Hanford,ald227@psu. edu)とロング(Lyle Long)は,地球の大気よりもずっと希薄(地球の表面における気圧の0.7%しかない)で組成が非常に異なった(地球では0.33%にすぎない二酸化炭素が95.3%を占めている)火星の大気中を音がどのように伝わるかをシミュレートする,コンピューターによる詳細な計算について発表した。火星上で音を直接観測することになっていた火星極地着陸探査機マーズポーラーランダー(Mars Polar Lander)が1999年に失われてしまったため,研究者たちはここでどのように音が伝わるのかを研究するのに,ほかの手段を見いださなければならなくなった。火星での音のふるまいをはっきりさせるために,研究者たちはその大気中で気体分子がどのように運動し,衝突するかを解析した。研究者たちは気体分子の平均自由行程,つまり分子がとなりの分子と衝突するまでに動く平均距離(地球上では50 nmなのに対し,火星では6μm)を考慮に入れている。彼らはまた,分子が互いに衝突するときにエネルギーをやりとりするさまざまな仕方も考えている。直接モンテカルロシミュレーションとよばれる彼らの計算手法では,衝突は統計的に精確な割合でランダムに起こるようになっている。さまざまな異なる仕方で衝突してエネルギーを失ったり得たりする異なる分子種の組み合わせをもれなく計算するには,世界でももっとも強力なコンピューターの1つ,32個のプロセッサーからなる“ベオウルフ(Beowulf)”コンピュータークラスターをもって,彼らが考えている音波の振動数ごとに小体積の大気についてシミュレーションするだけでも,莫大な計算時間――60時間以上――を必要とする。研究者たちは自分たちのこの手法により,火星上での音の伝播について,すべての重要な物理的性質を決定することができた。彼らの得た結果は,火星上での音の吸収は分子組成の違いと低い気圧のため,地球上より100倍も大きいことを示している。(比較的小さな空間の領域における衝突しか解析することができない)コンピューターでの計算に基づいて考察しているので,研究者たちは短い波長(超音波の領域に対応する振動数)の音波の伝播しかシミュレーションを行うことができていないが,この結果を可聴振動数まで外挿している。(学会の予稿番号2aPA3;詳細はhttp://www. acoustics.org/press/151st/Hanford.html)

●絶滅の同期
動物の個体数についての新しい研究により,単一種の個体群は遠く離れたところに生息していても,共通の外力が働いたときには両方ともいっしょに絶滅してしまうことが明らかになった。2つの大きな振り子時計との類似でいうと,床板を伝わる微弱な振動が2つの時計を連結し,同期させる。同じように,たとえば捕食者や気候条件の悪化といった形の共通の刺激は,絶滅の危機に瀕した種の別々の群れの運命を同期させることがありうる。アフマダバード(インド)の物理学研究所のアムリトカー(R. E. Amritkar)とインド科学研究所(バンガロール)のランガラジャン(Govindan Rangarajan)は,ハタネズミの個体数に捕食者が及ぼす同期的な影響を示している実際のフィールドデータをもとに,非線形力学の原理を適用して将来の動向をシミュレートしてみた。共通の脅威があるとき,同じ種の別々のコミュニティーは絶滅する前に同期するだろうと彼らは結論している。生息数が大きく減ってしまった種でも孤立して生き延びることができるのではないかと望みを抱いている自然保護論者たちにとって,これはよくない知らせである。彼らは,絶滅に対する正味の抵抗力をパラメーターとして表すことができ,迫っている絶滅の危機の大きさを数値化することができることを示している。この理論は,過去に起こった大量絶滅のとき,なぜ種が地球規模で大幅に減ってしまったのかを説明するのに役立つかもしれない。(Physical Review Lettersに掲載予定;rangaraj@math.iisc.ernet.in;http://math. iisc.ernet.in/~rangaraj)

●弦理論はダークエネルギーを説明できるのか?
ケンブリッジ大学の物理学者ホーキング(Stephen Hawking)とCERNのヘルトク(Thomas Hertog, hertog@mail.cern.ch)の新しい論文は,弦理論でダークエネルギーを説明できることを示唆している。観測されている宇宙膨張の加速を説明するもっとも有力な考え方は,ダークエネルギーというものが真空を満たしていて,宇宙のどの2点間にも働く一様な斥力――一種の反重力――を生み出しているというものである。量子場理論は,このような普遍的な傾向が存在することを許している。ただ残念なことに,それによるダークエネルギーの密度(宇宙定数とよばれるパラメーター)の予測値が,観測されている値より120桁あまりも大きいのである。2003年にスタンフォード大学の宇宙論研究者リンデ(Andrei Linde)たちは,弦理論はダークエネルギーの存在を許しているが,宇宙定数の値は特定しないことを示した。彼らは弦理論が,それぞれの高さが宇宙定数の値を表す山が立ち並んだランドスケープのような数学的グラフを生み出すことを見いだした。ビッグバンの後の時点では,宇宙定数はランドスケープのピークと谷の間のどこかの低い値になっている。しかし,そのとりうる点は10500という桁の数だけあって,それぞれに違った宇宙定数が対応しており,実際に私たちが観測している値を宇宙がとることのはっきりした理由はない。専門家たちのなかには,これほど多くの値をとりうることが理論の美点であるといっている人たちもいる。たとえばスタンフォード大学のサスキンド(Leonard Susskind)はその著書『宇宙のランドスケープ:弦理論と知性によるデザインの幻想』(The Cosmic Landscape: String Theory and the Illusion of Intelligent Design)で,異なる宇宙定数の値は異なる並行世界――リンデの“エターナルインフレーション(eternal inflation)”理論におけるポケット宇宙――で実現されているかもしれないと論じている。私たちはたまたま,宇宙定数が非常に小さな値になっているところで生きているのかもしれないというのである。しかし,批判的な人たちはこのランドスケープを,理論から役に立つ予測が出てこないことを典型的に示しているものとみなしている。
 ホーキングとヘルトクの論文は,このことについて書かれたものである。この論文では弦理論の枠組みのなかで,宇宙を量子系としてみている。量子論では,たとえば光子が2つのスリットを通って向こう側のある点に当たるといったように,系がある初期条件からある仕方で発展する確率を計算する。そして実験を十分な回数くり返し,予測した確率が正しかったかどうかをチェックする。ファインマン(Richard Feynman)による量子論の定式化では,光子がある特定の点にくる確率は,光子がとりうるすべての経路を足し合わせることにより計算される。1個の光子はいくつもの経路を一度に通り,その過程で別の自分自身と干渉し合いさえする。ホーキングとヘルトクは,宇宙そのものがやはり一度にいくつもの異なる経路をたどっていて,いくつもの同時並行の歴史,“分枝(branches)”に沿って発展しているのではないかと論じている(これらの並行宇宙はエターナルインフレーションのそれと混同してはならない;こちらは量子論的な意味ではなくむしろ古典的な意味で,多数の宇宙が共存しているのである)。私たちが現在の世界で見ているのは,特定の,多かれ少なかれもっともらしい,これらの歴史の“和”の結果ということになる。とくに,和はとりうるすべての初期条件,とりうるすべての宇宙定数を含んでいなくてはならない。しかし,量子論を宇宙全体――実験を行う人が実験の一部になっている――に適用するには注意が必要である。ここでは初期条件を思いどおりにすることができないし,統計的に有意な結果を得るために実験を何度も何度もくり返すこともできない。その代わりにホーキング‐ヘルトクの方法では,まず現在からスタートし,私たちのいる宇宙の分枝について私たちが知っていることを使って,その歴史を逆向きにたどっている。ここでもやはり,私たちの過去にもいくつものとりうる分枝があるだろうが,ファインマンの和をとるときにはその大部分を無視することができる。ヘルトクによると,たとえば私たちの宇宙がきわめて平坦に近いという知識のおかげで,宇宙定数が平坦な宇宙と両立するような値になる,弦理論のランドスケープのごく小さな部分だけ考えればよいことになるのだという。そしてこれは,実験で検証することのできるような予測につながる。たとえば,私たちの宇宙のマイクロ波背景放射のスペクトルが,私たちが実際に観測しているようなものになるかどうか計算することができる。(Physical Review Dに掲載予定;問い合わせはThomas Hertog, hertog@mail. cern.ch)

●放射性サソリ毒療法を安全に
6月にプロヴィデンスで開催された保健物理学会で,研究者たちは脳神経膠腫(brain glioma)とよばれる進行性で本来は治療が困難な悪性がんの,驚くべき新しい治療法の安全性を確立するうえでの自分たちの貢献について述べた。米国では毎年17000人以上の患者が,この病気にかかっていると診断されている。この治療法は,イスラエルに生息する黄色いサソリの毒に,神経膠腫細胞に選択的に結合するタンパク質が含まれているという発見に基づいている。治療にはTM‐601とよばれる化合物を使っているのだが,これは人工的につくった毒のタンパク質で,神経膠腫細胞を殺すI‐131という放射性物質と結びつく。放射性のサソリ毒は,血流中に注入されると脳まで運ばれて神経膠腫細胞に取り付き,I‐131の出す放射線で細胞が死ぬ。人間の患者に対する第2相臨床試験の第2シークエンスについて論じたヘンリー・フォードヘルスシステム(デトロイト)の保健物理学者ジャクソン(Alan M. Jackson, AlanJ@rad.hfh.edu)は,この治療において彼らが最近確立した安全な手順について報告した。試験中の患者は,1週間あたり40 mCiという放射線量を受けている。この線量は,1回の治療でI‐131の200 mCiほどの線量を照射されることになる甲状腺がんの治療と比べてみても,それほど大きなものではない。ジャクソンがはっきりさせたように,甲状腺がんの患者が治療のあと家に帰ったときよりも多くの放射線に家族がさらされることはないため,患者は治療してから数時間後には無事に家へ帰ることができる。また,別のグループによる第2相臨床試験の第1シークエンスの研究によると,毎週40 mCiまでの線量を受けている患者は,放射線に起因する副作用の徴候は何も示していないという。ヘンリー・フォードでの第2相臨床試験には3人の患者たちが関わっており,米国中では全部で54人の患者に対して現在,この治療法の臨床試験が行われている。(予稿番号WAM-B.11, 2006年6月28日(水);学会のウェブサイトはhttp://hps.org/newsandevents/meetings/ meeting5.html;http://www.transmolecular. com/pdfs/FiveashPR_ASCOVersion.pdf)

●暖かくて高密度の金
ローレンス・バークレー研究所の物理学者たちは強力な光を使って,小さな固体の金の標的を電子と陽イオンからなるプラズマにした。標的が飛び散る寸前,物理学者はいくつかの驚くべき結果を記録することに成功した。もっとも重要な発見は,金属の金が極限的な高エネルギー密度(107J/kg)の条件でも依然として,どんな金属でも示すようなバンド構造――電子がとりうるエネルギーは連続的でなく,許容されるエネルギーが帯(バンド)のようになっている――を維持していたことである。リバモアの科学者たちはフェムト秒レーザーの光を試料に照射することにより,固体ではこれまでに観測されたもっとも高い等容(密度が一定の条件下にあることを意味する)エネルギー密度,107 J/kgを達成した。リバモア研究所のジュピターレーザー施設の科学研究責任者(Andrew Ng, ng16@llnl.gov)によると,エネルギー密度を通常のように単位体積あたりのエネルギーでなく,単位質量あたりのエネルギーで表すと,原子や分子それぞれについて調べている励起エネルギーのより直接的な意味がわかるのだという(レーザー光や核爆発によって標的を爆縮させることでもっと大きなエネルギー密度が達成されたことはあるが,新しい結果は試料がもともとの体積のままになっている例としてはもっとも高密度となっている)。さらに,この実験は固体中の電子における加熱速度の新記録――1017K/sec以上――を達成している。固体の格子を形成しているイオンは電子よりも重く,ずっとゆっくりした速さであたたまる。この研究は,凝縮体物理学とプラズマ物理学の交差点に姿を現しつつある新しい主題,“暖かい高密度物質”の一部と考えることができる。“高エネルギー密度物理”とよばれる別のトピックスとも関連するこの研究領域は,高圧科学や惑星科学,地球物理学,衝撃圧縮といった分野の研究者たちからも関心が寄せられている。(Ping et al., Physical Review Letters, 2006年6月30日号)

●電子を深く探る
原子トラップ中の1個の電子に対する数か月にわたる注意深い観察が,電子の磁気モーメントのこれまででもっとも精度の高い測定に結実し,電磁気力の全体的な強さを決めている微細構造定数aの値もいっそう精確になった。電子はもちろんあらゆる原子の一部であり,それ自体が宇宙の基本的な構成要素である。そしてaは,自然を記述するのに用いられる基本定数系の重要な一員である。
 陽子よりずっと軽く一般に点状の粒子と考えられている電子は,物理学の中でももっとも基本的な物体である。にもかかわらず,電子の真空との相互作用はけっして単純ではない。量子電磁力学(QED)の理論によると,電子は周囲の真空から一時的に出現する仮想的な粒子――たとえば光子や電子‐陽電子対など――とたえまなく相互作用をしているのだという。もしこれらの相互作用がなかったとしたら,電子の磁力の大きさと固有のスピンとを関係づける電子の磁気モーメント(gという記号で表される)の値は2になるはずである。しかしgの直接測定により,その値は2からわずかにずれていることがわかった。これらの測定が精密になればなるほど,電子の量子論的性質やQEDそのものがよりくわしく調べられるようになる。さらに,もし電子に(たとえば陽子がクォークでできているように)構造があれば,gの測定によってそれもわかるはずである。
 電子とその環境を可能な限り思いどおりに制御するために,ハーバード大学のガブリエルス(Gerald Gabrielse, gabrielse@ physics.harvard)と彼の学生オドム(Brian Odom)とハネケ(David Hanneke)は,帯電した電極――中心にあるプラスに帯電した1つの電極と,その上下にあるマイナスに帯電した2つの電極――と,それを補助する磁場を発生させるコイルからなるトラップのなかで,端のないループ状の軌跡を描いて運動する1個の電子からなる巨視的な人工原子をつくった。この人工原子では,電気と磁気の力の組み合わせによって,電子を環状の“サイクロトロン”軌道にとどめている。この平面内での運動に加え,電子はそれと垂直な磁場の方向に上下にゆれる。ハーバードの実験の核心は,これら2つの運動――量子力学の規則に従う円運動と,古典物理学に従う垂直運動――を新しい方法で探求することである。
 まず第1に,量子論の部分である。本当の原子と同じように,この人工原子も量子論の法則に支配されており,束縛されている電子は許されているエネルギーしかもつことができない。以前にも電子はこのようにトラップ中で束縛状態になっていたが,今回の新しい実験では初めて,電子が量子論で許されているもっとも低いサイクロトロン状態をとることができるようになった。この装置では,たとえば中心の囲いを100 mKという低い温度にまで冷却して電子の黒体加熱を抑制したり,電子トラップのキャビティーをうまく設計することで電子そのものによる放射を抑制したりして浮遊エネルギーを制御することにより,これを達成している。実験装置は全体として,1電子量子サイクロトロンとして動作している。
 第2に古典論の部分である。ハーバードの実験は初めて微視的な物体に,環境との相互作用に基づくそれ自身の振動を調整させたものである(1年前の論文,D'Urso et al., Physical Review Letters, 2005年3月25日号参照)。電子は垂直に運動すると,電極につながっている外部電気回路に非常にわずかな電圧の変化を引き起こす。この変化を検知することにより,回路は電極電圧を調節して,電子が上がったり下がったりする変位を増大させたり抑制したりすることができる。このフィードバック作動自己励振によって,それがもし大きすぎたり小さすぎたりしなければ,研究者たちは振動数を測定することができ,その大きさは電子の量子状態と関係づけられる。ハーバード大学グループがgの測定をこれまでの研究より6倍も改善することができたのは,このように電子の運動を思いのままに制御し,人工的な量子論的環境にある電子のエネルギー準位を測定できたおかげなのである。Physical Review Letters誌に掲載される予定の論文で述べているこの値の不確かさは,いまでは1兆分の0.76というレベルになっている。gに負けないくらい重要なのがaである。QEDの方程式に新しいgの値を入れることにより,またQEDの計算が非常に高精度に改良されたこともあって,実験家と理論家が協力してほかの方法と比べ10倍も高い精度でaの新しい値を決定することができた。1987年以来,より正確なaの値が報告されたのはこれが初めてである。やはりPhysical Review Letters誌に掲載される別の論文で報告されている新しいaの値は,不確かさが10億分の0.7しかない。gの測定値はまた,仮説上の電子の内部構造の問題を議論するのにも用いられる。新しいgの測定が示しているところによると,そのような下位構造がもしあるとしたら,それが130 GeVよりも軽いことはありえないという。この実験に基づいて,電子の大きさにもそれに対応した上限を定めることができる。その大きさは10−18 mより大きいことはありえない。
 これらは必ずしも電子の大きさや構造についてのもっとも厳しい実験的な制限というわけではないが,何といってもこれは明らかに低温原子物理学の領域での研究であって,基本的な粒子の性質をふつう測定している高エネルギー粒子加速器の領域ではない。ハーバードの原子トラップによる研究は20年にもわたって続けられてきたもので,半ダース以上の学生が学位をとっている。ガブリエルスによると,改良されたaの値はとりわけ,パリでガラス容器に保管されている原器を使わなくてもすむようなキログラムの再定義に向けた,まだ未決定のままになっている基本定数の調整に寄与するだろうとのことである。(Odom et al., and Gabrielse et al. Physical Review Lettersに掲載予定の2編の論文;研究室のウェブサイトhttp://hussle.harvard.edu/~gabrielse/)


index 2006index 9月号目次 9月号目次