index 1999index 9月号目次 9月号目次


原子凝縮体の干渉縞の観測
怪しげな会合
メタステーブルを始めたきっかけ
BECに光を当てる
スピン自由度をもったBEC
原子線ホログラフィー
原子数の数え方
原子レーザーの強さ
原子線ホログラフィーの発展
表面のプローブとしては?
物理の基本への貢献

スピン自由度をもったBEC

―スピンが1と0の成分を含むBECの場合に,スピンによるドメインがきれいに分かれた実験がありましたね(〈図5〉,〈図6〉参照)*21ああいうことも意図してやっていたんですか。

井上:もちろんそれはやりたいことの1つでした。どういうものができるのかはそんなにわかっていませんでしたけれど。磁気量子数1と0とマイナス1,それでしかも1とマイナス1がぶつかれば00になれるというそういう自由度をもった系,いわば新しい超流体ですよね。JILAでは違うシステムでやっていましたけれど,いままで誰も実験したことがなかった。それで何が起こるか,単純におもしろいだろうからやってみようということになったんです。
BECというと原子レーザーのアナロジーでそちらの方向で語られることが多いのですが,同時に量子現象を可視化するという特徴を大事にしたいです。たとえば,カセビッチのところで量子トンネルの実験が行なわれていて,これはジョセフソン接合みたいなものです。いろいろなところで,固体のなかとかで起こっているはずだけれども,BECではディフェージングもたいして起きないので,ダイレクトな結果をこういうふうに見えてるんだよって,純粋な写真の形で見せられてしまうんです。もちろん皆わかっていることで,テキストにもでているといわれるかもしれないけれど,やはりそれが実現できるのは,BECならではのものだと思います。


スピン自由度をもつボース凝縮体
〈図5〉スピン自由度をもつボース凝縮体
光トラップはそのスピン状態にかかわりなく原子を閉じこめることができる。その中で,ボース凝縮体はスピンの“ドメイン”を作って内部エネルギーを最小にする。すべての原子がスピン(磁気量子数)ゼロの状態から出発した場合(上の列)も,半数の原子がプラス1で半数の原子がマイナス1の状態から出発した場合も,同じ基底状態に落ち着いていく様子が見てとれる。(J. Stenger et al.: Nature 396, 345(1998).)
混ざらない量子流体
〈図6〉混ざらない量子流体
光トラップに閉じ込められたボース凝縮体において,各スピン成分が共存できるか否かは原子の衝突における散乱長によって決まる。ナトリウム(F=1の)の場合,スピン(磁気量子数)ゼロ成分は他の成分(プラス1,マイナス1)と混じらず,過渡期においては写真のような層構造を示す。(a:トラップから解放した後の像,上に見えるのがスピンがプラス1の成分,下がスピン0の成分。b:再構成されたトラップ中でのスピン成分の分布。)(H.-J. Miesner et al.: Phys. Rev. Lett. 82, 2228(1999).)

―たくさんのドメインに分かれたというのは,むしろ意外な結果だったのかなと思ったんです。というのはドメインの間を隔てるポテンシャルは数ナノKとかですよね。

井上:あれはそういう意味ではドメインがたくさんできるのはわれわれにとっては驚きでした。

―2つに分かれてしまうんじゃないかと予測されたのですか。

井上:ええ。そうですね。あの前に,じゃ,まず基底状態はどうなるんだろうかということからわれわれは研究を始めたんです。
上妻:自分の予想と違う結果が出てきたときは,楽しいですよね。それが実験家の醍醐味ですよね。
井上:あれをやっているときは,われわれのラボのなかでももう毎日毎日結果が変わってました。この定数の値が負だって,一度皆が納得して,だけどそのとき1つ磁場の傾きをちゃんと補正しなかったよな,あれはまずいよな,という話になって,誰も傾きを知らないから,やっぱり今回ちゃんとしなくちゃいけない,ということでやってみたら,実は前回やった実験が全部磁場傾きがかかっていたことがわかって,それを消したら全然違う結果が出てきて,そのうち上の大学院生が出てきて「俺はわかった。あの定数は負じゃなくて正だ」というんです(笑)。まあそういうようなことをくり返して,でも,そういうふうにゆれても最後には落ち着きました。

―上妻さんの原子レーザーのブラッグ回折の実験は,狙ってやったのですか。

上妻:違いますよ(笑)。博士課程のときに,私は東工大の大津元一教授と現在電気通信大学の助教授をなさっている中川賢一先生の指導のもと,反跳誘導共鳴(recoil induced resonance)というものを行なっていました。冷却された原子があってそれに突然光定在波を当てます。原子に定在波を突然,つまり非断熱的に当てると,原子の運動エネルギーが小さいんで,定在波の節々に原子がトラップされます。トラップされるだけじゃなく,中で振動を開始します。量子力学的にいうと,定在波ポテンシャルを加えることで各振動準位のコヒーレントな重ね合せができ,それによって原子密度分布の周期的な振動が起こるわけです。そんなダイナミクスはイメージングではふつう見えないですが,逆に原子の振動がポテンシャルの方に伝わっているわけですから,ポテンシャルを形成している光の方に何か影響があるわけです。作用反作用で。だから光の方を見てあげると中で何が起こっているのか詳細にわかるんじゃないかと。そういうのを研究していたんです。実際には,わけのわからない信号がみえて困っていたのを,中川先生がもののみごとに理論的に説明してくれました。
NISTでBECが成功したときに,BECは思いきり冷えているのでいろいろとダイナミクスが変わることが予測されていたんで,それをやろうと思ってみんなでやっていたんです。ところが信号は見えやしない。いま考えれば,あたり前のことですよね。博士課程でやっていた冷却された原子集団は1 mmくらいの大きさがあって,そこへ1 mmのレーザー光線を当てて見ているわけですから。BECの場合は1 mmどころか10mmとかですから。そんなのいくらBECの時点でオプティカルデンシティ*22 が高くても,簡単にはレーザー光線を当てても見えないわけです。まして博士課程で使っていたのは半導体レーザーでしたから強度のゆらぎが非常に小さいわけですが,NISTでは色素レーザーですから強度のゆらぎが非常に大きいわけですよね。そういうわけで非常に見にくかったんです。見にくい見にくいっていっていたら,共同研究者の方々がこんなのイメージングで見た方が早いよって…。で,イメージングでやろうと。
イメージングでやるときに何が起こるだろうかとはじめに考えたのですが,「ダイナミックス云々という前に運動量の幅が小さいから回折が起こるはずだ」というんでやってみたわけです。そしたらきれいに見えて,そこが始まりです。
そのあと,共鳴現象を起こさせようというんでブラッグ回折をやり,さらに原子レーザーへと発展していきました。
ブラッグ回折というのは,進行する定在波によってある非常に小さな運動量クラスの原子をぽんっと回折させる現象なのですけれども,ちゃんときっちり計算通りの幅のものが回折されているかどうかチェックしなければなりませんでした。理論上はレーザーの周波数を変えていくと,回折される原子数がなめらかに変化するはずだったんですが,実際に出てきたデータは,TTL信号のように突然100%回折されたかと思ったら,今度は0%というぐあいで,まる1日かかってとったデータが全然話になりませんでした。もうちょっとで論文が書けるというところまできているのに,そのデータが出ないというんで皆泣きながらやっていました。ひと月くらい費やしてしまったんです。仲間が,この実験は俺たちを殺そうとしているんだと夜中にいい出す始末でした。
体力の限界ぎりぎりのところで,いろいろなことをやるんだけど1つもうまくいかない。
それでまた夜集まって,怪しいやつを優先順位をつけて書き出していったんです。毎回毎回,夜中に10か20くらい出すんです。そして次の日,その順番で実験を始めるんです。そして1番から順番につぶしていくんです。それのくり返しでした。
そして最後に1つだけ残ったものがありました。BECを非常に勾配の大きいポテンシャルから急に自由空間に解放すると,平均場相互作用と不確定性の影響で,ポテンシャルを切った後の拡散速度が速くなります。その状態でブラッグパルスをポンと当ててやろうとしました。それで物理が変わるわけじゃないんだけれども,もうこれしか残っていないからということで,夜中の2時にやりました。そしたら画面をみた一瞬でわかりました。光でスライスしてやると,真ん中が切れているイメージがでてきました。
速度分布が0の部分が切り出されるわけですよ。当然何度やってもこのど真ん中が切りだされなきゃおかしいわけです(「原子波レーザー」の〈図3〉参照)。運動量0のものが切り出されるはずなのに,やってみたら最初に見た図はこんなにはじっこのほうが切れていたんですね。これが,つぎはこっちが切れて,つぎはそっちが切れて,ようするにランダムなんですね。それで運動量幅の小さいBECを使うと,回折効率がなめらかでなく,ランダムなTTL信号のようなデータになっていた。これから,実はボース凝縮体というのが磁場トラップの中でマイクロモーション*23 を起こしていたということがわかりました。重心速度がゼロじゃなかったということなんです。そんなものは全然予想もつかなかったことで,しかもMITのグループのこともちょっと聞いていたんですが,MITはDCマグネティックトラップで,そういうのがないんですね。NISTはトップトラップという回転トラップでしたのでマイクロモーションがあって,そしてこれが出た瞬間にこれまでやっていたような苦労が必要なことがわかりました。BECの切れた断面が,そのまま速度依存性を反映していますから。
だから偶然性がかなりありました。緻密にやったところもたくさんあるけれど,執念ですよね。


原子線ホログラフィー

―清水先生の原子線ホログラフィーは,これは予定通りの結果が出た実験でしたか。

清水:あのときは,最初からよいトラップをもっていたのがよかったね。じつは,もともとNECの人が話をもってきたんです。68年の論文を捜してきて,このようなパターンを作ってやってみたいといってきました。で,当時助手だった森永くんに,計算してパターンを作り出せといったらすぐ作ってきたんです。そもそも東大でやっていたものだから,東大のアルゴントラップの装置に入れて始めたんです。ところが何も出ない。しょうがないから,電通大のトラップに入れたらすぐ出ましたね。それは最初から強度の一番強いものを作っているからね。

―NECの方は窒化ケイ素か何かに穴をあける技術ができたということでお話をもってきたんですか。

清水:いやそうではなくて,前からホログラフィーがやりたいからといっていました。別に僕は具体的な指示をしたわけではなくて,その前は回折格子を作ってもらったことがあるんです。いまは姫路工業大学に行った松井さんなんですけれども,あの人がけっこう貢献したんじゃないかな,最初のアイデアの段階で。おもしろい人ですからね。68年の論文は日本の人のものですよ。
上妻:パターンを入れたらすぐに見えたんですか。
清水:いや,最初のは24時間積算してからですよ。積算が終わるまではわからないわけですよ。ひょっとしたらもっと短い時間で見えていたかもしれないけれど。
上妻:たしか一番初めに清水先生のところにおうかがいしたときに,積算時間は何十時間だよとおっしゃっていましたが。
清水:いや,それはコリレーションの方の話*24 で,安田くんの忍耐にひとえにかかっていたんです。それは40どころか,データにならなかったものも入れて積算すると1000時間はかかった。
上妻:いわゆるサーマルなものの場合だとg(2) が2になる*25 というやつですか。
清水:そうです。
井上:あの仕事はすごく高く評価されています。あれはMITで原子物理の1,2という授業があって,1でいくつかオリジナルの論文が配られることがあるんですけれども,それこそディッケ(Dicke)の超放射とか,そういった古典的論文といっしょにMasami Yasuda and Fujio Shimizu というコリレーションの論文が配られました。
上妻:あれは統計も駆使して確かにこうなんだと,きっちりいっている。必ず原子の相関を問題にするときに引用される論文ですね。あれはたいへんだったんですね。
清水:六十近くの人間にできる仕事じゃないよね(笑)。いちおう全部自動にしてあるんだけれども,でもレーザーがとんだりしたら実験になってないわけですよね。そしたら降りてこなきゃいけない。最後の追い上げのときは,2,3時間に1回は起こされていたんじゃないかな。だいたい連続して24時間か48時間,1人でとっていたんだからね。僕は夕方見に行って,じゃあよろしくといって帰っていましたけれどね(笑)。
上妻:でも岸本さんに聞いたのですが,あの実験を最後まで清水先生につきあえたのは安田さんしかいないじゃないかっていっていました。清水先生もやられていたわけですよね。安田さんもやめるにやめられなかったと。
清水:そうじゃないよ。全部自動にして能率が上がるようになったんです。とにかく1モードあたりいくつ原子があるかわかっているんで,10のマイナス3乗とかで何時間積算しなきゃいけないかがわかる。
で,けっこう難しくて光で落としている*26 ものだから,光というものは裾をひいていますよね。ですから,強く入れすぎると小さいトラップのつもりが大きくなっているわけですよ。大きくしたほうが下へ落ちる原子の数が多くなるから大きくするわけですよ。安田くんも最初は大きくしたわけです。そういうのが何百時間もあった。データに使ったのは百時間くらいだけれど。いくら彼が若いといっても夜中中起きているのは無理ですから,うまくいかなくなったら警報が鳴って起きるというわけです。

―というと1000時間のうちの900時間は無駄になってしまったということですか。

清水:そうです。けっきょくは2年くらいかかったんじゃないかな。最初はBECができる前にやりたかったんです。学会でエリック・コーネルが先に発表しちゃって非常にがっかりしたんだけれど。僕がもっと若くて自分でできたら,その前に発表できたかもしれないね(笑)。
上妻:でもあの仕事は評価されていますよね。
清水:ただ,ネオンのよかったのは,他の原子だったら競争相手がいたからね。カセビッチが競争相手だったけれど,彼はまだ論文出していないんです。
上妻:カセビッチは何を使っていたんですか。
清水:リチウムです。空間と時間と両方コリレーションをとろうとしていたんだけれども…。

―上妻さんも原子線ホログラフィーをやられるとお聞きしたんですが。

上妻:ホログラフィーそのものに対しての興味からというより,ホログラフィーの手法をBECに使うことで,いままで見にくかった,あるいは評価が難しかったものを観察できるかもしれないというのが動機です。
BECの物性を観察する手段として現在のところどんなものがあるかというと,まず一番多いのが2次元のイメージングで,プローブ光をあててそこから情報を取り出す。これは非常に価値がある方法で,実際,数々の実験が成功している。だけど,観察する方法がそれだけだと系から引き出せる情報がどうしても少なくなってしまう。たとえばMITのグループは,non-destructive imaging(または位相コントラスト)という屈折率を使って原子集団を擾乱しないでイメージを撮るということをしています〈図4〉。それをやっているグループは世界でMITただ1つと考えていいんですか。


ボース凝縮体のその場観察
〈図4〉ボース凝縮体のその場観察
通常の光の吸収を用いてのイメージングは加熱をともない,実質的にボース凝縮体は測定とともに破壊されてしまう。しかし,非共鳴光を用い,散乱における光の位相のずれを結像することで,ボース凝縮体を破壊せずに像を得ることができる。(M. R. Andrew et al.: Science 273, 84(1996).)

井上:たぶんリチウムとか位相コントラストを使ってやっているところはあると思います。
上妻:ナトリウムそれからルビジウムでやっているところはありますか?
清水:NISTはやっていないの? スポットを作っていたみたいだけど。
上妻:作ってはいたのですが,真空セルがあまりにも汚れていたことが災いして,うまくいきませんでした。JILAはもうやっているんですかね。
清水:やってるみたいよ。
上妻:まあとにかくああいうふうな方法があれば,情報としてはがんがん新しいものが引き出せるわけです。干渉がいい,という例を出しましょう。たとえばvortex(渦糸)*27 というのは非常に重要ですね。vortexを実験で作って軌道角運動量,hの整数倍のものを与えることができたとして,それがリング型に広がるのをみるとしましょう。
でも,リングになっているのをみたところで,いったい軌道角運動量lがいくつなのかを正確に判定するのは難しいですよね。しかもイメージングの分解能なんかよくて数ミクロンですから,リングができていてもわからない,ということになります。
でも,そういうものと別のボース凝縮とをきれいに重ね合わせてあげれば,干渉パターンのスリップとして見ることができますから明確です。このように干渉縞のパターンを見れば新しい情報が引き出せるのではないかと思います。そういう意味でおもしろいと思うんです。まあ,ホログラフィーそのものという点では物理としては新奇性はなかなかないと思います。新しい方法によって新しい情報が引き出せる可能性がある。そういう意味では光トラップと同じスタンスで考えています。

―マターウエーブをリファレンスビームとして使おうということでしょうか。

上妻:そうそう,そういう話です。井上さんのところがすぐやりそうですね(笑)。すごいんですよ,MITは。でも,またそこで流れができて皆が使うようになったらおもしろいですよね。そうするといろいろなことができる。だって光トラップだってやっているところはそんなにないんじゃないですか。
井上:うちの新しいラボもやり始めました。あんまりないですよね。
上妻:そのすごいところがよくわかっていないのかもしれないですね。
井上:あれはおもしろいとわれわれは信じているんですけれど。
上妻:実際,あんなに論文が書けていますよね。