index 1999index 9月号目次 9月号目次


原子凝縮体の干渉縞の観測
怪しげな会合
メタステーブルを始めたきっかけ
BECに光を当てる
スピン自由度をもったBEC
原子線ホログラフィー
原子数の数え方
原子レーザーの強さ
原子線ホログラフィーの発展
表面のプローブとしては?
物理の基本への貢献

怪しげな会合
上妻:じゃあ,NISTの研究の様子や方向について紹介しましょう。ボース凝縮はJILA*6 のグループがルビジウムで(〈図3〉参照),MITのグループがナトリウムで最初にがんばって成功させ(目次下の写真参照),そのあとリチウムでも成功しました。とにかく他のグループが全然追いつけない状態だったと思います。MITのグループの場合,ボース凝縮はまずあって,そこからどのような応用があるかを模索している段階なのに,他のグループはどうやってBECを作るのかというところで悩んでいたわけです。僕たちはMITがやっているような研究をとにかくやりたいと。なんとか張り合えるだけのものを出したいと思っていました。
そこで,とにかくMITがやっているレベルに追いつこうと毎晩怪しげな会合を開いていました。NISTでの会合ではなくて,友達の家でビールを飲みながらリストアップをしたんです。何ができるだろう,何がインパクトがあるだろう,というのを順番にリストをあげてきました。やり方を変えると,干渉縞がこういう変わった形で見えるということは,これは物理としてはちょっとひねっただけの話で,大もとはちゃんとデモンストレーションされているわけですから新しくありません。1次どころか,あるいは2次のコヒーレンスまでデモンストレーションされているわけですから。このように,大まかに見て何が新しいかというアイデアをお互いに出し合って,ちょっとひねっただけのものは,たとえ論文が書けるとしても,全部消していきました。そうやっていったときに,ちょうどやっていた実験との関係で一番最初の時点で残ったのが“回折現象をやりましょう”ということでした。回折もべつに新しいことはないわけですね。光の定在波によって原子が回折現象を起こすということは,これはもうかなり前からやられています。でも,これを“ツール”として使うんだったら新しい。これで対抗できるかもしれない。ということで始めました。そのあと,ここまでできるんだったら,原子レーザーの性能アップができるんじゃないかなというので進んでいったんです。でもあの実験も,そのまま続けてさらに新しい物理っていうのは難しいですね。いま,MITで物質波増幅などをやってますが,あれは本当の意味で原子レーザーっていえるような物理が含まれてます。
NISTでやったのは,形としては確かにきれいなストリームが出ているんですけれども,それを性能向上させるだけではやはり打ち止めになる可能性がある。ということで,それはそこまでとして,今度は回折を使ってやるコヒーレンス長の測定をするとか。私が日本に戻った後は,四原子波混合をやっていきました。ようはMITに追いつきたいという一心でリストアップをしてやってきたということなんです。


ボース‐アインシュタイン凝縮
〈図3〉ボース‐アインシュタイン凝縮
蒸発冷却法によって冷やされた87Rb原子の雲の中の原子の速度分布から,ボース凝縮がわかる。凝縮が始まる前(左):熱平衡にある気体から予想される等方的な分布を示す。凝縮体が現れる(中):ほぼゼロの速度をもつ原子の数が増大する。その分布の形は楕円状で,凝縮したすべての原子が楕円型ポテンシャルの基底状態を占めているときに予想されるものである。さらに蒸発冷却を続けると,約2000個の原子が完全に凝縮する(右)。3枚の図は,原子の閉じ込めを解いてから60ミリ秒後に記録した,原子の雲による影の濃度の空間分布(上に凸の部分ほど影が濃くて,そこに原子がたくさんいることを示す)で,200μm ×500μmの範囲を表示している。(Courtesy of Michael Matthews, JILA.)

―いまのその秘密会合をしてやったというのはどの時点での話ですか。

上妻:僕たちはBECがまだ作れていなかったわけです。ボース凝縮を作るためにってんで,みんなで働いていたんです。そのときにも,わりとこういうのができるんじゃないか,ああいうのができるんじゃないかって話はでました。だけど,最初のうちは秘密会合では1分でも長い時間を,“BECができたら何をするか”ではなくて,“BECを成功させるためにはどうしたらよいか”に集中させようということになりました。できた後の応用をあれこれ考えても,われわれがポスドクでいるあいだにBECができなかったら全部お流れになるんだから。ですからBECが成功してからそういうことを考え始めたんです。
井上:向こうではとにかく研究者間のディスカッションから生まれてくるものが多いですよね。
上妻:日本でも清水富士夫先生を中心として,けっこう研究室同士のコミュニケーションがはかれるようになってきたと思います。たとえば,われわれ久我研究室でボース凝縮をやったときには,現在学習院大学の鳥井さんは,ダブルMOTを作るのに京大の藪崎研究室の豊田さんたちとしっかりとしたコミュニケーションをとりました。私は磁場トラップを作成しましたが,そのときはNISTの共同研究者だった人たちと電話で頻繁に連絡をとりましたし,MITの井上さんにも重要な情報をいただきました。お互いにしっかりコミュニケーションをとってやっていたので東大も京大も同時期に成功したと思っています。もっと前は日本ではそういうのはかなり難しかったんじゃないでしょうか。
清水:あんまりやっている人がいなかったからね。レーザー冷却でいえば研究所は別ですよね。通信総研とか計量研とか,あとは分子研の森田さんと,盛永さんがやっていたけれど,それぐらいしかいないんじゃない。コミュニケーションはあまりなかったんじゃないかな(笑)。
上妻:最近は研究者の数が増えてきたおかげでやりやすくなってるなとは思うんですけれども。
清水:そうね,BECが出てからじゃないでしょうか。というのは,ルビジウムのトラップ自体はそれほど難しいものじゃないし,コミュニケーションの必要がなかったんじゃないかな。
たとえば森田さんとはやっているものは違うし,向こうはそれなりの高級技術をもっているわけよね。つまり,ヘリウム酸素クローズドセルといって,ようするにリサイクルして冷却してトラップする技術です。われわれ以外にはメタステーブル(準安定)やっているところはないわけですし。


メタステーブルを始めたきっかけ
上妻:そうですね。メタステーブル*7 を始められたのはホログラフィーなどの応用を意識されたのでしょうか。
清水:いやいやレーザー冷却を始めたから必要に迫られてね(笑)。
上妻:その辺のところをお聞かせください。
清水:1987,88年かな? 日本に来ていたスティーブン・チュー先生が講演されたんです。molasses*8 ができて,2百何十マイクロケルビンまで冷えて,これはおもしろそうだなと。ただそれだけじゃまだ始める動機にはならなくて,ところが講演の最後にMOT*9 の話を少ししたんです。それで興味をもってね。

―そのころMOTは理論だけで実験はなかったんですか。

清水:いや実験が先です。MOTの1次元的な原理は,フランスの人が論文に書いているんだけれど,そのまま3次元で実験したのがMITのグループです。それからベルのその2つだけかな。
上妻:スティーブン・チュー先生はそのときベル研にいたんですよね。
清水:ええ,そのときはすでにベル研にいっていたんです。で,いきなり3次元でやってしまったわけですけれど,ちょうどその年に日米セミナーがあって,そのとき僕は分子線分光の話をやっていたんだけれども全然,行き詰まっていてね。
それで,最初は酸素のメタステーブルに目をつけたんだけれど,文献を調べたらすぐにライフタイムが短すぎると出ていて,ネオンならいいだろうってことになって。メタステーブルの作り方自体もわからなかったんだけれども,あんなの放電でできるだろうって(笑)。蛍光が出たらやろうってね。そして出たあとは重労働ですよね。
上妻:メタステーブルにこだわったわけは?
清水:いやこだわったということではなくて,一番簡単そうなところからずっといって。アルカリ金属ってのは,やさしそうでやさしくない。たとえばそのころはナトリウムが主流ですよね。
上妻:レーザーの問題でということですか。
清水:ナトリウムでやろうとすると1700メガ離れた2つの光を用意しなくちゃいけない。
上妻:そうですね。色素レーザーが2つ。
清水:超微細構造がないものを選べば1つで済むわけよね*10。そのとき,確か2か月くらいしかなかったんで,アルカリだとやる余地がまったくなかったんですよ。そのときはトラップしたわけじゃなくて,冷やしたわけだけれど,とにかく超微細構造がないものだから非常に簡単に完璧にできた。
上妻:あとは3次元に拡張したわけですか。
清水:ネオンで冷やしたのは初めてだったんです。そのころはナトリウムで,それからルビジウムでやった人はいるはずです。ヘリウムではパリの連中が横方向をクーリングするとかあるいはチャネリングをしていました。連中は物理的におもしろいことをやっているので,ある意味じゃ上じゃないかって気がするね。MITはただひたすら走るって感じかな(笑)。
上妻:機動力が違いますよね。重戦車みたいにね。あの当時は半導体レーザーは扱いにくいものだったんですか。
清水:半導体レーザーは,本当に使うんだったら自分で回路を作らなきゃいけない。ところがネオンもそうだけれど,ナトリウムにしてもレーザーを買ってくれば済むわけですからね。ただ,ナトリウムの場合はそれプラス電気光学素子(EOM)*11 がいる。
上妻:MITはAOM*12 を使って1.7ギガを出しているんですか。
井上:AOMかEOMですね。
上妻:じゃ,リパンパー*13 用の色素レーザーを用意しているんじゃないんですね。
井上:NISTのように3つ使うとかじゃないです。1つで我慢です。
上妻:僕はあれの担当でした。
清水:NISTはいっただけの研究費がもらえるわけだからね(笑)。
井上:世界的に見るといままでは原子物理はヨーロッパがかなり強かったけれど,このBECの出現でアメリカでもMITやJILA,そのあとリナ・ハウ(ローランド研究所),ダン・ハイツェン(テキサス大学)などで出たわけですよね。そのバックグラウンドにクレップナーのやっていた蒸発冷却などがずーっときているわけなんです。その研究者にはMITの卒業生がかなり多いんです。ビル・フィリップス(NIST),カール・ワイマン(JILA)などなど。


BECに光を当てる
上妻:今度の井上さんたちの研究*14は非常におもしろいですよね。
井上:あれシンプルでしょ。単にBECに光を当てただけで何が起こるかということで,まだ探究されていないことが十分残っていたんです。そういう意味では,まだわれわれが理解していないことがたくさん残っているんじゃないかという証拠だと思います。
上妻:あれはまだ,完全に理解してないんですが…。まず一発目,ボース凝縮に光を当てますよね。共鳴条件に近い光を当てて,それによって原子が1個フォトンを吸収して反跳分の運動量をもらう。その後,自然放出が起こって結局光はどこかの方向に散乱される。その合計として決まるようなベクトルの方向に原子は反跳されるわけですよね。そうすると通常の双極子遷移の放射パターンの中にランダムに動いていくことになりそうです。そのあと,一種のボゾニックスティミュレーション*15 が起こって原子波が位相までそろった形でそこへぼんぼん送られていくとしても,単純に直感で考えると,最終的にできる原子雲のパターンが毎回やるごとに違うような気がするのですが。なんであんなにきれいな格子状になるのでしょうか。
井上:BECの形はわれわれの場合非常に特殊で,葉巻型なんですが,ある1つの方向に細いので確率を計算すると光がBECの長い軸の方向に放出される確率が高くなっていることがわかるんです。それは結局それぞれの方向に出る1つのモードの立体角を計算するとわかります。軸方向というのは断面積が小さいので立体角が大きくなるんです。
上妻:BECの形が細長いから,光からするとある方向だけ立体角が変わってみえるということでしょうか?
井上:1つのモードに対してですけれどね。
上妻:あー,なるほど。
井上:最初の散乱ではBECの中でいろいろな小さな密度ゆらぎが発生して,いろんな方向に光を散乱する回折格子ができるわけですけれど,BECが葉巻の形状をしているため,そのなかで光を軸方向に放出するものだけが一番育ちやすいんです。学会発表のOHPに“マターウェーブ・アンプリフィケーション・アウト・オブ・ノイズ”(雑音のような小さなゆらぎから物質波増幅状態が現れる)と書いた通り,小さなゆらぎからぱっとそれが大きくなるという。だから,最初のゆらぎができるタイミングはわれわれがコントロールしているわけじゃないので,それはそういう意味ではゆらいでいるわけで。方向としては45度の方向に出てきますけれど,そのマターウェーブ・グレーティング(物質波回折格子)の位相はコントロールされているわけではないのです。その意味で上妻さんのおっしゃっていたゆらぎ云々という話は,マターウェーブのグレーティングの山の場所が毎回の実験でどこに来るかというのをゆらぐといっているんですね。
上妻:最終的にある一方向に出てくるということですね。春の学会のときにアスペクト・レイショー*16 が一番大事だとおっしゃってましたよね。あのあと思ったのですが,それってキャタレー先生が予言しているように思います。ああいう形状のBECで研究を進めていくと,いろいろとおもしろいことができると。トラップの形が葉巻型だという,そういうものが本質的になっていろんな研究が育ちやすいというのを直感していたんだと思うのですが。あの直流磁気トラップ*17 のときにも,最初からこだわった部分があるんじゃないでしょうか。
井上:そこまで読んでいたかな。
上妻:最初はプラグでやっていたわけですから。あっさりやめちゃいましたよね。そして直流磁気トラップができたあと,光学トラップ*18 のときにも,ぱっと勇断するっていうか。
井上:ああいうものはわれわれのレベルではできないですね。グループリーダーが遠くまで見越して。それはたとえば,われわれが直流磁気トラップを使っていたのから光学トラップでBECを捕らえてやろうとするのは,それ自体に新しい物理は特にないわけですよね。光を入れればポテンシャルができるんだから,磁場で作るポテンシャルじゃなくて,光で作るポテンシャルでもてるはずであるというのは誰でもわかることです。それは別にBECじゃなくて,いろんな原子をそれで捕らえてみせた人はいくらでもいるわけです。ただ光学トラップでBECを捕らえてやればどんな任意の磁場でもかけられる。したがって,フェッシュバック共鳴*19 も見えるだろう,そしてさらにその一番下の超微細分裂準位のマグネティックサブレベルが3つあるんですけれども,それが全部今度は捕らえられるんで,そのなかでスピンの自由度ができるからおもしろいことが見えるんじゃないか。
それといろいろな形のポテンシャルを作ることができる。磁気トラップだとまあ,だいたい小さな構造はもてないですね。そのトラップの大きさはコイルの大きさで決まってしまうので。それに対して,光だと好きな大きさに作れるんです。
上妻:サウンドウェーブ*20 のときもそうですし,全部光をうまく利用していますよね。