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今月のキーワード

ラグランジュ協同構造 / グラフェン / 原子崩壊 / 膜電位 / WMAP / PLANCK / インフラトン / 銀河宇宙線のニーエネルギー

●ラグランジュ協同構造[Lagrangian Coherent Structure, LCS]
流体の流れを流される粒子の動きを通して観る視点をラグランジュ描像とよぶ。ラグランジュ協同構造とはそれら粒子の協同的な運動を統べる流れの骨格構造を概念化したものである。その共通する性質はそれが物質線(面)である,つまり,その線(面)上にある粒子はその線(面)に束縛され続ける,ことである。流れの性質に応じて,流体の泣き別れ面に相当する双曲型,流体のずり面に相当するずり型,など種々存在する。近年,心臓の血流,空港上空の乱気流,気象などの予測などにも応用されている。(p.4「ラグランジュ協同構造――流体の流れに隠れた骨格」)

●グラフェン[graphene]
グラフェンとは炭素原子が蜂の巣格子状に結晶化した2次元の結晶である。一般論によるとマクロな2次元完全結晶は熱力学的に不安定であり,存在し得ないとされていたにも関わらず英国マンチェスター大学のガイム(A. Geim)とノボセロフ(K. Novoselov)は剥離法という驚くべき手法で実際に単層のグラフェンを合成することに成功し,その業績により2010年のノーベル物理学賞を受賞した。
 グラフェンはゼロギャップの半導体であり,そのエネルギー分散はE=±cpと形式的に光と同じ質量ゼロの相対論的なものとなる。ただし,「光速c」は光の速度clightではなくcclight/300と実際の光速より大幅に小さい。よって,グラフェン中の電子の世界は,まさにガモフ(G. Gamow)が描いた不思議の国のトンプキンスが住む「遅い光」の世界である。グラフェンで観測された原子崩壊は,遅い光の世界での相対論的な現象である。(p.28「“原子崩壊”がグラフェンで現実に」)

●原子崩壊[atomic collapse]
原子番号Zの原子核からrだけ離れた点にある相対論的な電子のエネルギーは,質量m,電荷e,運動量p,光速をc,真空の誘電率をε0として
数式1
である(p=0,Z=0とすれば有名なアインシュタインの関係Emc2となる)。ここで原子中の電子雲の広がりをΔr,運動量の不確定性をΔpとしたとき,不確定性関係よりΔrΔph(プランク定数)と見積もれば
数式2
となる。EをΔpの関数とみてそのグラフを考えると,cZCe2/4πε0hで定まるZCに対してZZCならエネルギーを最小とするΔpは有限の値をとり安定な原子となるが,ZZCだとエネルギーはΔpに関して単調に減少し,運動量のゆらぎは発散し,Δr→0と電子は強い引力により原子核に落ち込んでしまう。これが重すぎる原子種の原子崩壊である。よって,存在可能な原子種には限りがあり周期律表は最長でもおよそZCで終了することとなる。なお,このギリギリの原子番号は上記の関係式よりZC=2ε0ch/e2≈137.04である。(p.28「“原子崩壊”がグラフェンで現実に」)

●膜電位[transmembrane voltage]
すべての細胞は脂質からなる細胞膜によって外部とは異なる環境を内部に維持している。動物細胞では細胞内にカリウムイオンが多く,細胞外にはナトリウムイオンが多い。細胞膜にはタンパク質で形成されたイオンの通路(イオンチャネル)が存在し,これらはイオン種に選択的な透過性を示す。細胞内外のイオン濃度差と膜のイオン透過性により形成されるのが膜電位であり,カリウムイオンの透過性で決まるマイナスの値を示す場合が多い。(p.35「電場で制御される生体組織の構築」)

●WMAP[Wilkinson Microwave Anisotropy Probe]
WMAPはWilkinson Microwave Anisotropy Probe(ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機)の略で,ビッグバン宇宙で宇宙がかつて非常に熱かったことの名残として宇宙に一様に存在するマイクロ波宇宙背景放射の非等方性を観測することを目的として米国航空宇宙局(NASA)が2001年に打ち上げた衛星である。WMAPの観測によって,暗黒物質や暗黒エネルギーの存在量や宇宙年齢などの宇宙を記述するさまざまなパラメーターがそれ以前と比べ飛躍的に精度よく決まった。さらに,観測された密度ゆらぎはインフレーション宇宙の予言と一致し,インフレーションの存在を強く支持した。(p.42「宇宙背景放射の最新観測と素粒子論へのインパクト」)

●PLANCK
PLANCKは欧州宇宙機関(ESA)が2009年に打ち上げた衛星で,WMAP衛星よりも高感度・高精度でマイクロ波宇宙背景放射の非等方性を観測することを目的にしている。名前は著名なドイツのノーベル賞物理学者プランク(Max Planck)にちなんでいる。2013年3月に最初の観測結果が発表され,WMAPより高い精度で宇宙を記述するパラメーターを決定し,宇宙初期の密度ゆらぎの性質がインフレーション宇宙が予言するものと合っていることを明らかにした。(p.42「宇宙背景放射の最新観測と素粒子論へのインパクト」)

●インフラトン[inflaton]
インフレーションは宇宙のごく初期で宇宙が指数関数的に急激に膨張する過程である。現在までにさまざまなインフレーションモデルが提案されているが,インフレーションはスカラー場がもつ場のエネルギー(ポテンシャルエネルギー)によって引き起こされると考えられている。このインフレーションを起こすスカラー場は素粒子の標準理論では存在しない素粒子の場と考えられ,正体はまだ不明であるが,「インフレーションを起こす場」という意味でインフラトンとよばれている。(p.42「宇宙背景放射の最新観測と素粒子論へのインパクト」)

●銀河宇宙線のニーエネルギー[knee energy of cosmic rays]
宇宙線のスペクトルは全体的にはべき型であるが,いくつかの特徴的な折れ曲がりをもつ。その1つがほぼ3×1015 eVにあるニーエネルギーであり,そこでべき指数が低エネルギー側の2.7から高エネルギー側で3.1へと急激に変化している。ニーエネルギーは超新星残骸で加速される陽子の最大エネルギーと解釈するのがもっとも自然である。ニーエネルギー以上の宇宙線は,1017 eVまでは鉄などの重元素が超新星残骸で加速されたものと考えられるが,1017 eV以上の宇宙線が銀河内のほかの加速源によるものなのか,活動銀河などの銀河系外の加速源によるものかはまだ決着がついていない。(p.52「高エネルギー天体物理学」)

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