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フィリップ・シューウィ,ベン・スタイン,ダヴィーデ・カステルヴェッキ(田島俊之 訳) |
| 赤い酸素 / スクィーズド光と重力波 / BECを使った新しい磁気計 / 砂丘の音色 / 化学トランジスター / 小惑星との遭遇率の増大 / アジアの嵐が地球を押し動かす / タイタンの薄暗い湖
●赤い酸素 新しい革新的な結晶解析のアルゴリズムは,極端な圧力と温度の条件にある結晶の構造を,化学組成のみに基づいて予測することができる。これらの結晶の1つは,赤い色をした酸素の一形態である。結晶構造の予測は単純な固体の場合でさえ難しいのだが,その一因となっているのは,ある原子が基本的なくり返しの単位胞を構成する仕方が天文学的な数字ほどもあるなかから,適切なものをより分ける作業の大変さである。スイス連邦工科大学(ETH)チューリッヒ校の科学者オガノフ(Artem Oganov)と博士課程の大学院生グラス(Colin W. Glass)はこの問題に,電子構造計算と特別に開発した遺伝的アルゴリズムを組み合わせて取り組んだ。無数の原子の配置を探索するのに,彼らはあまりうまくいかなそうな配置を避ける連続的最適化のやり方で,段階を追って進んでいった。これによってアルゴリズムの効率が著しく上がり,研究者たちは特定の構造の予測ができるようになった。 1つの例は,超高圧下にある炭酸カルシウムである。オガノフのチームは初めて,この鉱物の2つの新しい安定な構造を予測した。これらの構造は両方ともすでに,日本の共同研究者たちによって実験で確かめられた。オガノフとグラスはまた,高圧下の酸素の結晶構造も解き明かした。酸素は化学的な視点からは特異な存在である。磁性をもつことが知られているただ1つの分子であり,圧力がかかるとその磁気を失い赤色になる。赤い酸素の構造は長いことわからないままになっていたが,ついに解き明かされ,特異なものであることがわかった。ほかの元素では,このような構造のものはみられないのである。もっと高い圧力の下では,酸素は色が黒くなり,超伝導になることがわかっている。これは,O2分子間の相互作用が増大するために起こる。ETHの研究者たちはまた,硫黄の新しい安定な相や,炭素のいくつかの新しい準安定な形態も予測している。(Journal of Chemical Physics, 2006年6月28日号;研究室のウェブサイトhttp://olivine.ethz. ch/~artem/;a.oganov@mat.ethz.ch) ● スクィーズド光と重力波 高精度の光学的測定でノイズを減らすのに用いられる確立した方法が,重力波の探索にもまもなく応用されようとしている。重力波を検出するためのもっとも有望な方法は,レーザー干渉計重力波観測所(LIGO)のような検出器で,レーザー光の経路に重力波が及ぼすわずかな影響を観測することである。LIGOでは,レーザー光を2つのビームに分け,互いに垂直に配置した2つの長いパイプの端につるした鏡でこれらを何度も反射させる。2つのビームを再びいっしょにすると,干渉パターンを形成する。この手順では,干渉パターンの暗くなるところに光検出器がくるように調整する。つまり,このようにすると通常は光子が観測されないことになる。計画では,重力波が通過すると2つのパイプにつるした鏡(重力波以外の通常の種類の振動からは遮断されている)が相対的にわずかに動き,干渉パターンが乱れるのをとらえようと考えている。光検出器が突然光子をとらえ,重力波が来たことを知らせるのである。この方式の問題の1つは“ショットノイズ”であり,これはある瞬間にレーザービーム中に何個の光子が存在しているかについての,私たちの知識における量子論的な不確定性によって生ずる。光子数のふらつきによって,偽の信号を拾ってしまうかもしれないのである。 マックス・プランク研究所(ハノーバー)とハノーバー大学の物理学者たちは,干渉計を用いるこの重力波検出法に固有の量子ノイズを,スクィーズド光によって抑えることができるのではないかと期待している。スクィーズド光は,光を(一連の)特別な光学的結晶を通過させることにより,光ビームを記述する2つの相補的な変数(たとえば位相と振幅など)の一方か他方の量子ノイズが,もう一方を犠牲にして大幅に低減されるときに発生する。スクィーズド光を使うことにより,さまざまな光エレクトロニクスの応用で量子ノイズの低減が実現している。スクィーズド光の方法は通常メガヘルツの領域で適用されるが,ハノーバーの研究者たちは初めて,LIGOに関係してくる100 Hz以下の振動数を含む領域で動作させた。これは,宇宙の遠方でのブラックホールの合体によって発生し,地球に到達する重力波がもつと予測される振動数の範囲である。ファールブルッフ(Henning Vahlbruch, henning.vahlbruch@aei.mpg. de)によると,スクィーズド光制御の方式はノイズを減らし,重力波検出器の感度を上げるのに役立つだろうとのことである。(Valbruch et al., Physical Review Letters, 2006年7月7日号;ウェブサイトhttp://www.geo600.uni-hannover. de/~schnabel/) ● BECを使った新しい磁気計 新しいBEC磁気計は,原子物理学の領域以外でボース‐アインシュタイン凝縮(BEC)が応用された初めての例である。ハイデルベルク大学の物理学者たちは,試料から出ている磁場をその近辺で拾う高感度なプローブとして1次元的なBECを使った。それによって達成された磁場に対する感度はナノテスラのレベル(約10−14 eVのエネルギースケールに相当する)で,空間分解能は3μmに達していた。いくつかの方法(たとえば走査ホールプローブ顕微鏡など)ではこれよりも微細な空間分解能を達成することができるし,またいくつかの方法(たとえば超伝導量子干渉素子SQUIDなど)ではこれより高い磁場感度を得ることができるが,ハイデルベルクの装置は感度と空間分解能の高さをこのレベルで兼ね備えている。シュミートマイヤー(Joerg Schmiedmayer, schmiedmayer@atomchip.org)たちは原子光学(www.aip.org/pnu/2000/split/ 516-1.html参照)という若い科学の発展における先駆者だが,エレクトロニクスにおいて集積回路中で電子を操作したり,フォトニクスにおいて光エレクトロニクス構造中で光子を用いるのと同じように,この分野ではマイクロチップ中で原子を導き,将来の実用的応用に利用することをめざしている。 表面上の電磁ポテンシャルをBECでどのようにして測定しているかを思い描くために,ポテンシャルを山や谷からなる地形として考えてみよう。ここでもし地形全体に水をあふれさせると,いちばん上に等ポテンシャルの平らな面ができる。水没した地形の深さを測るには,平面のある点の下の水の総量を測定すればよい。これこそが,ハイデルベルクの研究者たちが行ったことである。試料全体にわたって,ポテンシャルの深いところ(つまり電磁場がとくに強いところ)にはBECの原子がより多く積み重なる。だから,BEC中の原子の密度(BECの長さ方向に沿った各地点で,プローブ用レーザー光がどれだけ吸収を受けているかをみれば測定することができる――http://www. aip.org/png/2006/261.htmの図を参照)は試料表面の電磁場強度分布に変換することができる。 シュミートマイヤーによると,この過程の感度はすでに非常に高いため,測定は“原子ショットノイズ”によってある程度制限を受けているという。これはショットノイズの原子版であり,微弱な電流を測定するときには回路のある点に到達する電子の数の変動のため,またファイバー中の光の強度を測定するときには到達する光子の数の変動のため,このようなノイズに出くわすことになる。BECの場合には,より多数の原子がBECに詰め込まれていれば,電磁場の測定はこのような原子ショットノイズの影響をより受けにくくなるだろう。BECは調べようとしている表面からほんの数マイクロメートルのところの微小な原子トラップ中にあり,化学ポテンシャルは一定に保たれている。このセンサーのナノテスラの感度とマイクロメートルの空間分解能は,新しい固体物理,表面物理の現象を発見するのに役立つだろう。(Wildermuth et al., Applied Physics Letters, 2006年6月27日にオンラインで出版;研究室のウェブサイトwww.atomchip.org) ●砂丘の音色 世界の旅行者たちは何世紀も前から,砂丘が大きな音を発すること,そしてときにはそれがすばらしい音色であることを知っていた。12世紀にはマルコ・ポーロが中国で鳴き砂を耳にし,チャールズ・ダーウィンはチリの山に堆積した砂が出す澄んだ音について書いている。そして最近,ある科学者たちのチームが砂丘全体の振動により音が発生しているという長い間信じられてきた説を論破し,フィールド観察と研究室における条件を制御した実験を通して,ある規模の崩れにおける砂粒の同期した運動によって音が出ていることを確かめた。小さな砂の崩れでは検出できるような音はまったく出ないが,その一方で大規模な崩れは多くの振動数を含んだ音(不協和音の雑音になる)を発生する。だが,ちょうどいい規模と速度で砂が崩れると,あたかも砂丘が楽器であるかのように,基音に上音がいい具合にともなってよい“音色”になっている。しかしこの場合には,外からの影響によってではなく,砂丘そのものの臨界的な自己組織的傾向によって調律が行われる。そういうわけで研究者たちは,さまざまな“音楽的”な説明を除外した。たとえば,砂丘の音は(バイオリンの音が,本体にとりつけられた弦をこする弓のある程度周期的なくっつき‐滑り運動によって発生しているのと同じように)砂のかたまりの砂丘本体に対するくっつき‐滑り運動で発生しているわけではない。また,砂丘の歌は(フルートの内部の空気が純音を発生させるのと同じように)共鳴効果によって発生しているのでもない。なぜなら,砂丘の音の大きさが砂丘のどの場所でもゼロになっていないからである。砂の音はそれらとは違い,より低い音の出る乾いた大粒な砂の,同期した自由滑り運動で発生する。研究者たち――所属はパリ大学(フランス),ハーバード大学(米国),パリのCNRS研究所,およびイブン・ツォール大学(モロッコ)――はウェブサイト(http://www.lps.ens. fr/~douady/SongofDunesIndex.html)を開設し,中国,オマーン,モロッコ,チリのさまざまな砂丘の音を聞くことができるようにしている。(Douady et al., Physical Review Lettersに掲載予定;問い合わせはStephane Douady, douady@lps.ens.fr) ●化学トランジスター トランジスターの化学版ともいえる新しい素子により,生物学や医学研究における抗原1個1個の超高感度な検出ができるようになるかもしれない。トランジスターといえば連想されるのはスイッチの開閉や信号の増幅であり,これらの動作は微小な電気信号をゲート電極に注入し,それにより近くのチャネル領域の環境が変化することで実現されている。これによって電流が流れなくなったり,増幅されたりするのである。カリフォルニア大学アーバイン校の物理学者たちが行った実験では,同じことが化学反応を通して行われた。コリンズ(Philip Collins, collinsp@ uci.edu)たちはカーボンナノチューブを,自分たちの素子の中心的作業物質として使った。液体に浸かったナノチューブは,それらを酸化させることにより――つまり自由電子を化学的に取り除くことにより――導電状態から絶縁状態に切り替えることができる。化学反応は相互作用領域にかけられた電位でトリガーされる(www.aip.org/png/2006/262.htmの図を参照)。アーバインの研究者たちが示したのは,この過程が約10μsという短い時間間隔で可逆的に行えることである。これは,今日のトランジスターの水準と比較するとかなり遅い。将来の化学的電界効果トランジスター(ChemFETs)に期待されているもっと重要なことは,大きな増幅率が得られる可能性である。あたかもほんの電子2,3個分の酸化で,μAほどの電流をスイッチすることができそうに思われる。将来の生物検出器では,スイッチングは電気化学的信号の印加でなく,ナノチューブについている抗体に結合するわずかな抗原の存在によって行われるようになるかもしれない。以前の検出器では,化学的に作動させるには数十個の抗原が必要だった。だが今回の素子では,1個の抗原で十分にナノチューブの状態を変えることができるかもしれない。(Mannik et al., Physical Review Letters, 2006年7月7日号;研究室のウェブサイトwww.physics.uci.edu/~collinsp/) ●小惑星との遭遇率の増大 地球と小惑星が遭遇する可能性は,2つの天体の間に働く重力による引力で増大するが,それは誰しも気になることだろう。その増大の割合を計算する公式が,アイオワ大学の物理学者ヴァン・アレン(James Van Allen)の新しい論文で導出されたのだが,彼こそは半世紀前,地球をとり巻くプラズマ粒子の放射帯の存在を予測した(そして後に確かめられた)人物である。ヴァン・アレンが太陽や太陽系のほかの惑星の及ぼす余分な力を無視して求めた衝突断面積の増大率は,(十分に遠いところからスタートした)小惑星の接近速度に対する,惑星(ヴァン・アレンは地球,火星,木星,および土星の場合について計算している)の脱出速度の比の2乗を1に加えたものに等しい。(American Journal of Physics, 2006年8月号) ●アジアの嵐が地球を押し動かす 地球の自転軸は約26 000年周期の春分点歳差をはじめとして,何種類かの旋回をしている。最近,もっとも重要な2つの軸の回転がたまたま互いに打ち消し合ったおかげで,地球物理学者たちはほかの,通常は検出することが難しいもっと微細な回転を測定することができた。2つのより大きな動揺は,433日周期のチャンドラー極運動(その起源はまだよくわかっていない)と,年間の天候の振動にともなう極運動である。それらが結びついた効果によって,自転軸は通常10 mほどふらふらと動く。しかし2005年12月から2006年2月にかけて,それらが互いに打ち消し合い,自転軸の動きが1 mよりも小さくなった。そのおかげでベルギーの科学者たちは,一時的にその効果を測定できるようになったより微弱で小さな力を研究することができた。科学者たちは,アジアと北ヨーロッパにかけての嵐によって日々引き起こされている,地球の極運動の影響と彼らが考えているものの徴候を見いだした。(Geophysical Research Letters, 2006年7月号) ●タイタンの薄暗い湖 ホイヘンス宇宙探査機が以前に撮影した写真と,カッシーニ探査機が撮影した新しい写真は,土星の大きな衛星タイタンの高緯度地方に湖が存在することを示唆している。タイタンはメタンを有しているが,この物質は地球上の水と同じように,固体,液体,気体の形態で存在することができる。しかし,タイタンは表面で約−179℃と非常に冷たいため,このようなメタンの大部分は地球より10倍も密度が大きい大気中に蓄えられている。それでも,少なくとも部分的には湿った湖が存在しているはずであり,カッシーニが撮影した新しいレーダー画像はこの考えを支持している。何十もの暗い炭化水素の湖が点在し,あるものは100 kmほどの大きさをもっていた。何年かたって30年周期の季節の循環でタイタンの北半球が夏になれば,液体の湖はよりはっきりとわかるようになるだろう。(Nature, 2006年7月27日号) |