index 1999index 9月号目次 9月号目次

座談会:
ボース-アインシュタイン凝縮をめぐって


低温原子物理学が永年捜し求めてきた原子のボース‐アインシュタイン凝縮(BEC)が実現されて4年が過ぎた。いままさに研究の渦中であるMITとNIST*1 に飛び込んでいった若手研究者と日本の草分けがBECの最前線と未来を熱く語った。

原子凝縮体の干渉縞の観測
怪しげな会合
メタステーブルを始めたきっかけ
BECに光を当てる
スピン自由度をもったBEC
原子線ホログラフィー
原子数の数え方
原子レーザーの強さ
原子線ホログラフィーの発展
表面のプローブとしては?
物理の基本への貢献


清水富士夫
(電気通信大学レーザー新世代研究センター教授)
1967年東京大学大学院卒。5年あまりのポスドク生活の後,東京大学工学部助教授に就任。1998年より現職。
上妻幹男
21世紀の科学は日本から生まれるという信念をもって米国から帰国。座談会当時,東京大学総合文化研究科久我隆弘教授のもとで助手を務める。本年になって母校である東京工業大学物性物理学科の助教授に就任。
井上 慎
日本(清水研,五神研)で身につけた物理をもとにさらなる刺激を求めて渡米。座談会当時,MITで大学院生として日々BECと奮闘していた。現在,JILAに移ってポスドクとして冷却したボソンで超低温のフェルミオンを作り出すことにトライしている。
[出席者紹介は2001年10月現在]


原子凝縮体の干渉縞の観測
―本日は皆さんお忙しいなか,お集まりいただきましてありがとうございます。まず最初に,井上さんにMITで2つのBECの干渉縞を観測した当時のお話をお聞かせいただけますか。

井上 慎:そのとき私はまだ大学院1年生で,毎日研究室でエレクトロニクスをいじくっていました。ある朝,研究室に行ったら,前夜から徹夜をした人たちがみな興奮した面持ちでディスプレイを見つめていたんです。見るとそこには,原子の集団のきれいな干渉縞が見えていました〈図1〉


2つのBECの作り出す干渉縞
〈図1〉2つのBECの作り出す干渉縞

紙面上下方向に2つに分断されたトラップから放たれた2つのBECは,広がるにつれ,その重なった領域にコントラストの高い干渉縞を作る。(M.R.Andrews et al. Science 275, 637(1997))(「原子波レーザー」(本誌45ページ)参照)

原子同士の干渉を見るというのは,やはりBECが全体にわたってコヒーレントであるというのを示すために非常に重要なことだと考えていましたので,いろいろなことを試しました。たとえば,干渉縞の間隔というのは等速で広がっていくので,長く待ってから写真を撮ったほうが分解能もいらないし楽なんですね。でもあまり待ちすぎるとどんどん重力で落ちていって視野から外れてしまう。だからむしろ原子を上に打ち上げて落ちるまでの時間を稼ぐとかいろいろ試しました。最終的には結局ただ単に落として重ねるというかたちになったんですけど。
上妻幹男:干渉縞は2次元で発生するわけではなく,3次元で発生しますから,プローブイメージング法*2 で観測するのは難しいですよね。なにかいろいろ特殊なことをしたのでしょうか。
井上:全体的に干渉縞が空間的に広く体積をもって出てくるので,光でスライスをして一部だけを見るようにするんです。
上妻:コントラスト自身は最終的には何で決まるんですか。これはCCDのアレイ*3 の大きさで決まるのでしょうか?
井上:コントラストはイメージングの分解能で決まっていて,ドイツのグループがその辺を計算して実験と合わせています。これは本来,物理的には100%で,測定でなまされているだけで…。
上妻:測定系が完全ならおそらく100%の干渉縞が観測されたでしょうね。清水先生の原子線ホログラフィー*4 だとどうなるんでしょう。
清水富士夫:あれはむしろビームソース自体の問題だね。
上妻:いかに小さく絞り込んでリリースするかということですね。
清水:そう,それ以外にも速度分布が問題です。要するに,原子線は分散があるから速度分布をもっていればそれだけ広がるし,だから一番いいのは,冷えて小さいスポットです。
上妻:いまのところはどのくらいのコントラストなのでしょう。
清水:コントラストは100%です。
上妻:あのホログラフィーは原理的には回折と考えていいのでしょうか。
清水:干渉ですよね。回折というのは1つの穴から出てきたもので,われわれのは複数の穴から落ちてきた原子が干渉しています。
上妻:ホログラフィーの前段階として,ダブルスリットの実験を行なっていらっしゃいますよね。一見ダブルスリットは簡単なようにも思えますが,実はオブジェクトのゆらぎとかに非常に敏感なのではないでしょうか。
清水:それはやり方によってはたいへんです。いまの場合は,原子ビームが固定されている。要するにレンズとファイバーの位置で固定されているので,揺れることはないんです。
上妻:オブジェクトの方は揺れたりしないでしょうか?
清水:ああ,ほんとうに分解能ぎりぎりのところをやるのはたいへんですよ。それは10 nmの位置分解能なんですから。いまのところ見ているのは数十マイクロメートルです。BECの干渉の話に戻ると,MITのグループでは成功する半年くらい前からいろいろな会議でこれと同じ説明をしているんだけれども,ただし干渉縞は出ていなかったんです。いや,出てたんだけど,なんか 変な干渉縞なんです。
上妻:それは知らなかった!(笑)
井上:ええ,原子を落とすためにトラップを外すときに,本当に静かにやらないと,凝縮体に影響を与えて集団励起を起こしてしまうことがあります。するとタイムオブフライト(TOF)(〈図2〉*5 をとったときにかなり揺れたりするんです。それが見えたことがあるんです。


ボース凝縮体のTOF(Time-Of-Flight)像
〈図2〉ボース凝縮体のTOF(Time-Of-Flight)像
それまで原子を閉じ込めていたトラップを突然切ってしまうと,ボース凝縮体中の原子は斥力相互作用によってふくらみ,四方八方へ飛んでいく。トラップの形状が非等方的な場合,その速度は最初のトラップ内のボース凝縮体の波動関数を反映して非等方的になる。(M.-O. Mewes et. al.: Phys. Rev. Lett. 77, 416(1996).)

上妻:それだと,きちっとした証拠にならないんですか。
井上:というより,2つのBECの干渉縞ではないので,やはりちゃんと評価していくとぜんぜん違いますね。こんなにきれいにまっすぐな干渉パターンが見えるわけではないし。
上妻:MITの博士論文の中に,磁場トラップのなかで磁場を振動させて非常に強い変調をかけると,一種の干渉縞のようなものが現れるという実験がありました。バケツの中で水をガンガンふるわせたら波がたつのと同じなのでしょうが,そうした集団励起をみても証拠にはならないわけですよね。
井上:そうですね。ところでNISTのグループはBECの観測後,原子レーザーの応答方面をものすごい勢いでやっていらっしゃいますね。これは,原子波の波面制御などいろいろなことを考えて,本当にBECをいままでの原子集団に代わる原子ソースとして捉えようという方向ですか?